8年ぶりのアーサナ

MattとMattのお母さんLucyと

MattとMattのお母さんLucyと

「アーサナは、進んでも進まなくてももうどっちでもいいや」

そう思っていたのは本心ではある。

でも、その心境に至ったのは、

「先のアーサナに進みたい!でも腰痛い…」
「エディからアーサナもらいたい!でもくれない…」
「次のアーサナできるようになりたい!でもこの体型と股関節では無理っぽい…」

などなど、数々の葛藤と悶々した気持ちを抱える日々が何年と続いた結果でもあった。

もらえないものはできないし、しょうがない。それに、アーサナを進めたいという執着がなくなっても、アーサナの練習を続ける面白さや興味が失われたわけじゃなかった。練習の後は気持ちがいいし、心身ともに調子もいいし、何よりアーサナの練習をするのが好きだから練習を続けていた。

なんてきれいなことを言いつつ、「先に進まないんだったら現状を維持すればいいや」と、そんな現実を練習を怠ける言い訳や正当化に使っていた自覚もある。あと、もらっているアーサナだって理想型でできるものばかりじゃないんだから、そこを意識して磨いていくことこそ練習だと、それこそ理想論を自分に言い聞かせて、先に進みたい執着を抑えてきたふしもある。

日々の練習中に考えてることなんて、大体そんな天使と悪魔のささやきを、自作自演気味に繰り返してるばかりだったりする。

で、そんな邪念のやりとりにも飽きてきて、本当にただ淡々と練習して「今日の練習も気持ちよかったからよし」なんて、爽やかで穏やかな気分になっていたところに………

アーサナをもらってしまった。

マットのWSのマイソールクラスで、ウールドヴァダヌラーサナをやっていたら

マ「アーサナどこまでやってるの?」
私「アルダマツエンドラまで」
マ「エーカパーダはスプタクールマと体の使うところが同じだからやってみようか」
私「エディにまだもらってないです」
マ「エディは毎日練習を見てるわけじゃないよね?」
私「ですね」

という流れで、エーカパーダシルシャーサナを教えてくれた。

バリーにアルダマツエンドラーサナをもらって以来だから、新しいアーサナはなんと8年以上ぶり。こういう時ブログって便利。だから今回も久しぶりにブログを書いておこうと思った。

NYのエディのところに通い始めてから、エディを自分の先生だと勝手に決めて、アーサナをもらうならエディだと妙な忠誠心のようなものを持っていたわけです(「ゲーム・オブ・スローンズ」のブライエニーのように)。

でも、待てど暮らせど、あらゆる角度でアプローチしてみても、8年近く経ってももらえなかったわけです。

お陰で、さっき書いたように「アーサナに対する執着をなくす」という、一番乗り越えるのが難しいんじゃないかと思える課題を克服できたような気になって、「さすがエディ、教えることが高度!」なんて思っていたわけです。(アーサナに対する執着が減ったのはエディの教えによるところが本当に大きいのも事実)

ところが………実際にアーサナをもらったら、これがやっぱり素直にうれしい。

しかも、実は最近自分でも「スプタクールマで脚が組めるようになるには、エーカパーダをやった方がいいんじゃないか。コンスタントに練習してるから体の調子もいいし、ちょっとやってみるか。どうせしばらくエディに練習見てもらえないし」と思って、普段はこっそりそれっぽい練習をしていたりもした。

だから、私の練習と体を見て、マットが「次に進んでいいんじゃない?」と思ってくれたのがうれしかったし、たった2回の練習でそこまでわかってくれるマットは、やっぱりいい先生だなとも思った。(偉そうな書き方でほんと恐縮ですが…)

正直、いくら悟ったような顔と心で練習をしていても、長年モチベーションを維持するのは時に難しいこともあったわけで、そんなところに新しいアーサナなんてもらったら、そりゃ甘いスイーツのご褒美みたいに、仕事で疲れた後のビールのように、体に染み渡る喜びになります。

まったく、アーサナって麻薬のような甘く危険なやつです。やっと執着がなくなったと思っていたのに、また私のところにやってきて………

ハマらないように気をつけながら、一時の楽しみに浸りながら、明日からまたがんばります。

YOGAYuko MatonoYoga